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Item List

Depaz
デパス

 プレ山の麓にある島内で最も美しい言われる自社のモンターニュ・プレ畑は、そのサトウキビ全てをラムの原料として使用されています。活火山であるこの山は1902年に噴火を起こし蒸留所も被害を被りましたが、その際に降り注いだ火山灰が肥沃な土壌をもたらし、結果ラム造りに最高のサトウキビが生産出来る様になります。現在の蒸留所はその時火災を経て1917年に再建されたものでバーディネー&マルティニーズ社の所有となっています。

Dillon
ディロン

 マルティニーク島の県庁所在地フォール ド フランス市にある当蒸留所はその起源を前フランス革命にまで遡る事の出来る古い成り立ちですが、様々なオーナーを経て現在はバーディネー&マルティニーズ社の所有となり、2006年からは蒸留を停止して、原酒は同グループのデパス蒸留所からの供給を受け、熟成とボトリングのみを行っています。蒸留塔はディロン蒸留所から移設された半分ステンレス半分銅で出来たものを使用して蒸留後、ステンレスタンクで3ヶ月寝かせ加水調整し、ディロン蒸留所へ運ばれ樽詰、或るいは瓶詰されています。

Habitation La Favorite
ラ ファボリット

 創業は1842年ですが、倒産やハリケーン被害によりアンリ・ドーモイ氏が買収する1909年まで長らく閉鎖されていました。その後1920年にラムの生産を再開しフランス国内での販売を始め、代々家族経営を貫き高品質を守り続けて未だに蒸気で稼働する唯一の蒸留所です。熟成にはコニャックやウイスキーの樽を使用して特徴を出し、荒々しくダイナミックでパンチのある強烈なラムを仕上げています。

Habitation Saint-Etienne
サン テティエンヌ

 16世紀までその歴史は遡れ、グロ モルヌからサン ジョセフまでの敷地面積400ヘクタールを所有する砂糖精製工場でしたが、1882年にオーベリー大尉が所有権を得てからラム蒸留所へと生まれ変わり、以後広く知られる生産者となりました。しかしハリケーンによる被害を被り、生産量が年間数百リットル程にまで減少してしまいます。1984年にラ ファボリット所有者のドルモア氏に拠って買収され、2年後には稼働が停止して原酒をラ ファボリット蒸留所から供給される様になりました。1994年にシモンのオーナーであるイブ、アィヨ両氏に拠って再び買収され、伝統的なクレオールスタイルの銅製スチルがシモン蒸留所の敷地内へ移設されて現在ではそこから原酒を運んでいますが、以前からのノウハウを活かした生産が続けられていて、年間約60万リットルにまで増加しています。

Heritiers H. Clement
クレマン

 1887年に医師でありル・フランソワ市長であったオメール・クレマン氏が砂糖のプランテーションを購入、アグリコール製法によるラムの生産を開始したことに始まります。連続式蒸留器を使用した軽やかな酒質でしたが、アヨ家への売却に伴い蒸留所自体が1988年に閉鎖され、現行品はサン テティエンヌ等で知られるシモン蒸留所の原酒を元につくられています。

J.Bally
J.バリー

 ラム生産者のバリー家が1917年に買収したル カルベの農園をジャック・バリーに拠って行われた蒸留所設備の近代化が、今日のJ.バリーに繋がります。彼の功績は純粋なサトウキビの搾り汁をそのままラムの材料とした事と、原酒をオーク樽で熟成させることを思い付いた事に、良質な原酒の出来た年にはヴィンテージを付けた事で、まさに熟成アグリコールラムの創設者と言えるでしょう。しかしながら1987年に蒸留は停止されその後はセント ジェームスの元で設備やレシピ等が引き継がれました。

La Mauny
ラ マニー

 ノルマンディー地方からマルティニーク島へ移住したジョセフ・フェルディナンド・ピーラン氏によって1749年に設立されました。当時は砂糖の精製工場で、ラムの生産は少量でした。幾度かオーナー交代の変遷を経て1900年代後半から本格的な生産に乗り出し、現在は2~6月の間に24時間稼動させて一度の収穫で280万リットルの生産力を持ち、サトウキビは大部分が人間の手による収穫で、3基のコラムスチルで蒸留して、伝統的なアグリコール製法で芳醇なラムを生み出しています。 尚、ラ マニーブランド以外でも蒸留器は違いますが、トロワ リビエールやデュケーヌも生産されています。

Neisson
ネイソン

 1931年にラ カルベのチュベールでエイドリアン・ネイソンと弟のジーンに拠って誕生した蒸留所は、第二次大戦前後建てられた中でも最も古く、小規模ながら現在まで家族経営の体制を貫き、その特性を生かして丁寧な製品を生み出し続けています。

Plantation Saint James
セント ジェームス

  1685年にシャリテ女子修道会の慈善活動として設立されたのが起源で、1765年にエドムン・ルフェビュール神父が、かつてマルティニーク島を開発したジャック・デュパルケに敬意を表してサン ジャックと蒸留所を命名したのが始まりです。しかし当時マルティニーク島は、イギリス領だったためニューイングランドでの販路を期待してセント ジェームスと英語表記に改名しました。1882年の商標登録後に、世界で始めてスクエアボトルを使用したことで知られています。その後1902年のペレ山の噴火で蒸留所を焼失したためサン マリーに移転しました。380ヘクタールの自社農園はペレ山の東側斜面にあり、火山灰の肥沃な土壌から良質なサトウキビが栽培されています。その収穫は2月に開始され5~6ヶ月もの間続き、年間生産量は300万リットルを誇ります。コニャックに使用するシャラント型蒸留器を初釜としているマルティニーク唯一の蒸留所で、後釜にはマルティニークで最も多い6本の柱状蒸留器を持ち、より多くの銘柄を生産しています。特に1992年に買収したJ.バリーからはその伝統を全て受け継いでいます。

Rhum J.M
ラムJ.M

 マルティニーク島の北部大西洋岸はマコーバにジーン・マリー・マーティン(その頭文字がJ.M)が買収した、当時砂糖精製工場だったフォン プレヴィル蒸留所で1845年より生産されています。島で唯一サトウキビを全て自社畑でまかなっているために収穫後1時間以内に破砕が完了出来、アグリコール製法において最も重要な鮮度の良い材料を確保しています。フレーバーを可能な限り残すため蒸留を70%までに限定して、島北部特徴の高い火山は湿った海風が当たるため雨が多く、綺麗な湧水で加水調整出来る機会に恵まれ、また年間8~10%のエンゼルシェアを減らせはしないながらも熱気を溜めない環境で熟成させるために、貯蔵庫の冷房を全く止めない方法を採っています。

Trois Rivieres
トロワ リビエール

 マルティニーク島の南部で海岸沿いを走る道にあるトロワ リビエール蒸留所は、120ヘクタールの広さを誇る自社農園の中を流れる3本の川にその名前が由来しています。柔らかな芳香と味わいを持ち、マルティニーク島で最も人気の高いブランドの1つでしたが、2000年3月火災に見舞われその3分の2に当たる熟成ラムを焼失し市場への供給が困難な時期を向えた事もありました。かつてあった多様なヴィンテージラムも既にありません。それでも伝統に支えられた品質の維持向上は信頼を回復させるのに十分であり、新しいヴィンテージものをリリースし続け、今でも変わらぬ高い評価を受ける蒸留所です。

 サンリュスにあった蒸留所の蒸留塔は1999年にラ マニー蒸留所へ移転され、その後のトロワ リビエールは、ラ マニー蒸留所内でトロワ リビエールの蒸留塔で生産を行っている模様です。そのため燃えた樽とはトロワ リビエール蒸留所が火災にあったのではなく、ラ マニー蒸留所内の熟成庫に保管してあったトロワ リビエールが燃えてしまった様です。

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